養父市ふるさと歴史講演会

養父市の先人に学ぶをテーマで「池田草庵先生の生涯」と「琵琶湖疏水を築いた人 北垣国道・島田道生」の講演会が養父市教育委員会の主催で八鹿公民館で開催されました。寒い日でしたが沢山の参加者がありました。










<池田草庵先生の生涯>講演をされる立誠舎・池田草庵顕彰会 会長山根功暉さん

池田草庵は、養父郡宿南村で文化10年(1813年)に生まれ、満福寺や京都において儒学を修めました。31才の時、八鹿村に立誠舎を開き、35才で宿南村に移り青谿書院を創設しました。66才で亡くなるまで、全国から集まった多くの門人を指導し、浜尾新(東京帝大総長/文部大臣)や北垣国道(京都府知事)、原六郎(銀行創始者)など、日本の近代化に活躍する多くの逸材を育てました。

草庵の教育は、口でやかましく教えようとするのではなく自らの身をもって範を示す、すなわち草庵の一言一行が教育そのものであるとの考え方であった。このため草庵ほど慎独の修養に徹したものはおらず、常に己の精神を磨くことに重きを置き、門人と起居を共にするなかで日々を実践していた。


琵琶湖疏水を築いた人 北垣国道・島田道生>
講演をされる琵琶湖疏水記念館研究員 白木政俊さん

北垣国道は、養父郡能座村で天保7年(1836年)に生まれ、7才の時池田草庵が開いた立誠舎
に入門しました。文久3年(1963年)生野義挙に参加し、無事落ちのびたあと倒幕運動に参加。維新後は、明治政府の行政官として日本の近代化に貢献しました。明治14年1881年)には、第3代京都府知事として琵琶湖疏水を完成させ、水力発電を作るなど京都の近代化を推進しました。

島田道生は、養父郡八鹿村で嘉永2年(1849年)に生まれ、23才の時開拓使仮学校(のちの札幌農学校)に入学、測量術を学びました。33才の時、北垣知事の招きにより測量技師として京都府に勤め、測量部長として琵琶湖疏水建設に貢献しました。精密な測量図を作り上げ、測量技術の優秀さは後々まで話題となりました。





            「カヤの実」
国指定天然記念物「建屋のヒダリマキガヤ」の実です。琵琶湖疏水を作った第3代京都府知事
の北垣国道の生家跡にあります。能座では保存会を作り、活動されています。ヒダリマキガヤ
という名前の由来は、通常のカヤの種子は外殻に直線の筋があるのに対し、このカヤの種子は
左巻きの波紋になっているためです。実は食べることが出来ます。興味のある方は、下記のところにお問い合わせ下さい。
〒667-0142
兵庫県養父市建屋209 建屋自治協議会 ℡、fax 079-666-0272